ひとり娘の成長記録

発達障害児の子育ていろいろ

聴覚過敏

娘は聴覚過敏(と思われる)があります。

大きい音、声が苦手。耳をふさぐことがある。
どんな些細な音でも気になり、何の音か知りたがる。(わからないと不安、説明すると安心する)
家にいても、外で何か音がすると「何の音?」と不安がります。
外を歩いていても、鳥の鳴き声や車の音、よその家の生活音、声などすべての音が気になるようです。
ガヤガヤしたところでは、いろんな音が一気に入ってくるせいか集中力が切れ、以前はよくコミュニケーションが取りづらくなったり、多動になったりしていました。
聴覚過敏に気付いたのは3歳頃なのですが、たぶんもっと前から、生まれつきあったんだと思います。
1歳前後から激しい人見知り、場所見知りがあったのですが、場所見知り=知らない音が怖くて泣いていたこともあったんじゃないかと今になって思います。
家ではタイマーや、おもちゃの音も怖がり、泣いていました。
どんなに聞きなれた音でも、「いきなり音が鳴る」ことにとても恐怖を感じていたようです。それはたぶん音がなる仕組みを理解できていなかったからかなと思います。
なぜこう思ったかというと、自分が押したら反応して音がなる楽器などは小さい頃もほとんど大丈夫だったからです。
自分が何もしていないのに、いきなり音が鳴るタイマーやおもちゃは特に苦手だったようです。
前と比べると今は大丈夫なものが増えましたが、それでもまだ「いきなり聞こえてくる知らない音」には恐怖心があるようです。
(炊飯器の音は毎日のことで音も大きくないせいか早めに慣れました。)
逆に何かに集中したり自分の世界に入ってしまうと、周りの声が全く聞こえないような状態になることもあります。

音が原因で生活に支障が出るレベルではないので、イヤーマフは今のところ必要ないです。

発達障害の子は、周りの色んな音が一度に全部同じ音量で入ってきてしまい、今自分に必要な音(声)だけ拾う事が難しい子もいる、と聞きました。
娘も小学校に上がったら、教室で授業中、外で体育をしている子達の声が聞こえてきて、先生の声を集中して聞けない、とかそういうことがあるかもしれません。
入学前に一度、学校へ娘の特性と配慮のお願いを話しに行くつもりです。

 

 

 

 

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5歳(ピアノ)

もうすぐ発表会。
前に娘と話をしてから、娘のレッスンへの取り組み方がガラリと変わりました。
先生の言うことをちゃんと聞き、「強く」「もっとこうしてみよう」などのアドバイスも「わかった!」と素直に聞き入れられるように。最後の挨拶もしっかりできました。
楽しくレッスンしていると30分はあっという間。
帰りにシェイクを飲んで、買い物をして帰りました。
良い1日でした。

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5歳(頑張りノート)

100均で買った厚めのノートに、娘が頑張ったこと、できるようになったことを記録していくことにしました。
「頑張りノート」は前から聞いたことはあって、もっと早くやっていれば良かったし今更ですが、今からでも遅くないなと、始めることにしました。
ノートが分厚くなった時、読み返した時に、娘の自信へ繋がったら良いなと思います。
今のところ娘は出来ないとすぐ泣くとか、そういうことは時々ありますが、自分ができることに関しては自信を持ってやっています。
例えばピアノや歌。ダンス。絵。字を書く。計算。お片づけやお掃除。お手伝い。朝の身支度。自分で出来ること、前よりもできるようになったこと、たくさんあります。気持ちの切り替えも早くなったし、前は大泣きしてたことが今は泣かなくなったことだってたくさんあります。
自己肯定感は小さい今だからこそ育てられる分だけたくさん育てるように頑張っていますが、これから学校へ行き子どもだけの時間が増えた時、それがへし折られる時がきっと来るかもしれません。
そんな時に、人と比べて自分はダメだ、ではなく、これはできないけど、私はこれが得意だ。こんなに成長してる。やれば出来る。と思えるようになってほしいです。
私自身もきっと励まされると思います。普段どうしても出来ないことばかりに目が行ってしまいがちですが、娘は日々こんなに成長してるんだ、1年後2年後、もっともっと成長する、と思えば、落ち込んだ時に肩の力が少し抜けるかもしれません。
たくさんのことができるようになっている、成長してるんだと目で見てわかるように、これから毎日ノートへ記録していこうと思います。

5歳(学校見学)

先日、娘と学校見学へ行って来ました。
小学校の中へ入るのは初めてで、最初は緊張して半泣きでしたが、1年生の授業中の教室(国語)を覗くと、「楽しそう!」ととっても笑顔になり、あっちも行ってみたい!と、いろんな教室を覗き、1年生から6年生、支援級までまだまだ見たい!と言う感じでした。だんだん暴走し始めそうだったので良いところで帰って来ました。
帰りには早く小学校行きたい!と言い、楽しみになったようです。
娘の場合、初めて行く場所はとても怖い、けど一度行けばもう大丈夫で、そこが楽しい場所とわかればもっと行きたい!となるのです。
これから入学まで学校へ何度か行く機会があるので、たくさん連れて行き慣らしておこうと思います。

5歳(アドバイス・指示されるのが嫌い/ピアノのレッスン)

こうしたら?
こうすればいいんだよ。
持ち方はこうだよ。
こうすると簡単にできるよ。
これでもっと上手になるよ。

何か出来ない時の助言、上達するためのアドバイス、やり方を教える時、
これらの言葉を娘は全て拒否していました。
優しく言っても泣く、嫌だ!と怒る。

娘にとってアドバイス=自分が間違ってると全否定されたように感じてしまうようです。

 

私が小さい時は、両親や先生、大人は何でも知っていて、教えてくれる存在と当たり前に思っていました。
だから自分へのアドバイスは素直に聞き入れてたし、それに歯向かうなんて一ミリも考えたこともありませんでした。

けど娘は、初めてのことでも大人のようにうまく出来ないと泣き、こちらが少しでも教えると、癇癪を起こしたり、泣いたりします。

ピアノのレッスンでもそのような様子が見られました。
「ここをもっと強く」「もう少し大きい音で弾いてみよう」
先生のアドバイスです。最初の頃は「音を楽しむ」「レッスンに来ることに慣れる」という内容でしたが、細かいところも教えてくれるようになり、徐々にレッスンらしくなってきました。
レッスンだから、このような言葉をかけられるのは当たり前のこと。
けど娘は「自分が下手」「間違ってる」「全然ダメだ」と言われてると思ったのか、レッスン中に泣き出しました。癇癪ではなく、しくしく泣くという感じでした。

私は後ろから何も言わずに見守っていました。先生も静かに見ていました。
しばらく涙を流すと、「涙拭く。」と言うので、タオルを渡すと、自分で拭き、またピアノを弾きました。
私やパパ以外の人から何かを指示される、ダメ出し(アドバイス)をされる、というのは娘にとっては初めての経験だったかもしれません。
でも最後まで泣きながらも、レッスンを頑張りました。
先生も泣いたら「よしよし」なんてせずに、静かに見守っていました。泣くことに大げさに反応しない、という感じの対応でした。レッスン中子供が泣くことには慣れているんだと思います。
帰る時には泣き止み、「バイバーイ!」と笑顔であっさり帰ってきましたが、
このままでは次から『行きたくない』『レッスンが怖い』になってしまうかな、と思い、娘に少し話をしました。

まず、前回言っていた、ピアノのレッスン中の「決定権」は、先生にあるということ。
先生と生徒、何をするか、どうやってやるかを決めるのは先生。
先生はプロ。ママよりも、誰よりもピアノの弾き方を知っていて、上手くなるための秘密をたくさん知っている人。
それを、教えてもらうために、レッスンに行っているということ。
教えてもらうのを嫌だ、と言ったら、うまくなるための秘密は教えてもらえなくなる。
なんでその秘密を先生が教えてくれるか、というと、あなたが上手くなると信じているから。
あなたが上手くなれる子だとわかっているから、上手くなるために、言ってくれている。
私も、先生もあなたのことを信じているよ。

とざっくり書くとそんな話をしました。
テレビを消し、向かい合って、目は合いづらいので無理やりあわせず、話しました。
でも必死に耳を傾け、「うん、うん」と聞いてくれました。

家での練習も、遊びの延長、という感じで私も口出しせず褒めるばかりでやっていましたが、最近は「何度も練習すればするほど上手になるんだよ」と言ったり、「もう少し強く弾いてみて」とか、「指それで合ってるかな?」「わからないところは楽譜見て」などちょいちょい口出ししながらやるようになりました。
前はそこで泣いていましたが、ピアノに関しては「教えられる」ということに慣れたのか、泣かなくなりました。弾けた時は笑顔でハイタッチ!したりします。

そして先日のレッスンでは、きちんと先生の言うことをやり、途中体勢が崩れたり落ち着きなくなりながらも、頑張っていました。
途中、先生が「次これやって」と言ったとき「次こっち弾くー」と別の曲を弾こうとしたところで思い留まり、「あ、ごめん!こっちね!」と先生の指示に従いました。(まだまだ言葉遣いは悪いのでそこも課題です。)
泣くこともなく、きちんと先生の指示に従えるようになりました。花丸も貰えました。
ひと山越えたな、とホッとしました。
レッスンが終わってから、ご褒美のお菓子を1つ買いました。
帰りに「レッスン楽しかったー!」と言っていました。

教えてくれる=怒られてるのとは違う、ということが、娘の中で少しずつわかってくれると良いなと思います。

できなくて悔しくて泣きながらも、そこで辞めずに乗り越えた、頑張ったら出来るようになった、という経験が出来て、良かったです。
私も泣いてまでやることかな、、と心が揺れましたが(親もメンタル弱過ぎ)、娘ならできると信じて良かったです。もちろん先生への信頼があってのことです。ピアノは先生との相性が一番だと思うので。。
次ははじめての発表会へ向けて、頑張っています。もちろんご褒美必須です。ご褒美が楽しみで「早く発表会やりた〜い!」と言っています。

 

 

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5歳(決定権の誤解)

娘が発達障害と診断されてから色々調べていく中で、『決定権の誤解』という言葉を今まで何度か目にしてきました。

自閉症スペクトラムの子は
「決定権が自分にある」
と誤解していることが多いらしいです。

うちの娘は本当にその通り。

どこに行く
何をする
これはここでもう終わり
次これをしよう
これはやりたくない
これやりたいから今すぐやる

全て娘が決めたがります。
家庭の中でも、特に娘は一人っ子で、我慢する場面が人よりも少ないと思います。

本人の気持ちはなるべく否定はせず、何でも自分で考えて行動できるようになってほしい、という親の思いが、間違った解釈になり、娘の中では「私が何でも決めて良い」となり、大人が決めるべきことにも口を出し、自分の思い通りにしたがります。

以前ちらっと書きましたが、たとえばお友達のお家へ行くとき。
「今日は◯◯ちゃんのお家へ行くよー」とみんなでそっちへ向かって歩き始めれば、普通は仕方なく親についてくると思います。
でも、娘は「え?大丈夫。行かない」とお友達とお友達の親を目の前に軽快に断ります。
初めての場所は苦手だから。断るのもわかります。
けれど、いやでも渋々付いてくる、なんてことは全く考えもしていない様子。
まるで「私が行かないと言ったら行かないのよ〜」という感じなのです。

外出時もそう。「あっちへ行くよ」と言っても「えーー?」「こっちへ行きたい」わがままのオンパレード。
ここは譲れないので、お出かけ前にお約束することで、なんとか回避してきました。

でも今日ふと、この『決定権の誤解』という言葉を思い出しました。

そして気付きました。娘は未だに、決定権を誤解しているのかもしれない。

娘は時々、自分は大人と同等であるかのような態度や発言をします。他の人に対しても、そうです。
先生=偉い人 の図式が娘の中にはなくて、先生と自分の立場の違いもわからず、先生を相手にしても決定権は自分にあると思っている。だからピアノの先生にも平気でわがままを言う。自分のやりたいことを勝手にやろうとする。。

幼稚園の先生に対しては、たぶんわかっているようです。先生は先生。幼稚園のことはなんでも知っている。困っていたら助けてくれる。一番偉い人。と。先生が「今日はこれをやります」と言えば嫌でもやるし、「これをやっちゃいけない」と言われたら素直に聞きます。
それは他の子がそうしているから、わかったんだと思います。周りの子を見て、お友達の真似っこが大好きな娘は気付けたんだと思います。

でもピアノの先生とは一対一。お手本になる子もいません。私がどんなに先生に敬語で話ししっかり挨拶して、敬う態度を見せても、それはお手本にはならないようです。
先生がちょっと優しくしてくれたら、そこで娘は「この人は自分と同等」と誤解し、ばぁばに接している時と同じような態度で、先生に接しているのです。
それは微笑ましいものでもなく、どう見ても失礼にあたります。
その都度注意したり、これはダメ、こうしよう、言ってはいけない、やってはいけない、と教えてきましたが、
そもそも根本に「決定権の誤解」があるからこそ、こうなっているのでは?と気付きました。
まずはそこをはっきりさせなくてはいけないなと今日思いました。

娘にはもう話せば充分理解出来るので、

「最終決定権は大人にある」ということ
「娘が1人で決めて良いこともある」ということ

「娘が決めて良いか、良くないか、も大人が決める」ということ
「決めるのは親や先生だけど、相談することはできる」ということ
相談の仕方

 

など、娘に伝わりやすい方法で、教えたいと思います。

何でもかんでも「決めちゃダメ!」「大人が決めたことに口出すな!」というわけではなく、「大人の顔色を伺え」ということでもなく、、間違った伝わり方にならないよう少し考えなくては。。

いつまでも、大人相手に「お友達」感覚で接するのは良くないと思います。
そこが人懐っこい娘の良さでもあるけれど、これから大きくなるにつれ、このままでは娘自身が困ることになります。

入学までに少しずつ少しずつ、焦らず、プレッシャーを与えないようにしながら、大事なことを教えていこうと思います。

 

 

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5歳(最近の幼稚園での様子)

最近幼稚園へ行く機会があり、娘の様子も少し覗くことが出来ました。

仲良しのお友達が出来たようで、2人で仲良く遊んでいました。
どこへ行くにも手を繋いで、外で遊ぶときも、お部屋の中で遊ぶ時もベッタリでした。
気の合う友達が1人でもいるというのは親としてはとても嬉しいことです。
その子だけでなく、他の子とも楽しそうにしている場面も見られました。

以前、療育センターの診察で、
「1人が好きな子もいる。本人が1人でいる方が楽しいと思うなら、お友達がいなくてもそれはそれで良いと思います」という医師のお話があり、なるほどな、と思ったのですが、やはり親としては仲の良いお友達ができたらな、なんて思ってしまうのが本音です。

『娘のことを好きになってくれる子がたくさんいたら良いな。
好きなお友達がたくさんできたら良いな。』

と思っています。

 

 

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2歳(診断がついた日のこと)

療育センターよりも市内のクリニックで先に予約がとれたのでそちらで診察を受けることになり、テストも診断もしてもらいました。

結果を聞く日。
私と主人と子どもと3人で部屋に入り、子どもは最初主人とおもちゃで遊びながら待っていましたがグズりだしたので、途中から部屋を出て私がひとりで話を聞きました。

診断は『軽度の自閉症スペクトラム』ということでした。
そして「アスペルガーの特徴に当てはまる」とのことでした。
診断は全くの予想通りでしたが、やはりショックでした。
「やっぱり」と思う気持ちと「私の違和感は間違っていなかった」という気持ちもありました。
少しホッとした気持ちと、落ち着いているような、けど現実を目の当たりにしショックも受けているような、複雑な気持ちでした。

先生の話を聞きながら、メモを取りながら、質問をしたり、これからのことを相談したり。泣くこともなく、冷静でした。
今でもその時のメモは取ってあります。時々そのメモを見るたびに、当時の気持ちを思い出して胸がきゅーっとなります。

その時の話で覚えているのは、

「このくらいだと、気付かないでそのまま育ってる子も多い。」
「知能が高いのでそこでカバーするような感じ」
「落ち着きのなさは5歳頃になっても変わらなければADHDと診断がつくこともある」
「保育園などで加配がついても3人に1人とかになると思う」
「療育は受けれるものは受けた方が良い」(結局園での問題行動が少なく受けられませんでした)
「手帳は現段階では取れないと思う」

とのことでした。
そして、「遺伝はありますか?」と聞いたら

「これはかなりあります。」とはっきり言われたことが印象的でした。

思えば私の弟が発達障害の傾向がありました。
小さい頃、言葉の遅れがありことばの教室に通っていた、見たい電車(窓の形)などこだわりがあった、バスのいつも座る場所に違う子が座っていたら叩いてしまった、とにかく変わり者、空気の読めない発言、こちらが興味のない話を延々としてくる、冗談が通じない、記憶力が異常に良い、、など。

発達障害と診断はされていませんし本人も特に気にしていないようので言っていませんが、娘のことがきっかけで発達障害について初めて知った時、弟のことがすぐ思い浮かびました。

帰り道、とても複雑な気持ちで、必死に平静を装い、3人で歩いていました。
『いつもの景色が違って見える』というのは本当にあるのだと知りました。

パパが「ママの言う通りだったね。」と言っていました。
私が「やっぱりなーと思ったよ。なんかさ、2人目は諦めようかなと思ってるんだ。遺伝もあるみたいだし。」と言ったらパパも「それでいいと思うよ。」と言いました。
パパも明らかに悲しそうな、動揺したような顔をしていました。それを隠すように明るく娘に話しかけたりしていました。
帰りの車で私は泣いたかもしれません。記憶が薄れてしまい、覚えていません。
心のどこかで、絶対そうだ、という気持ちと、違うといいなという気持ちがあったので、
現実を突きつけられ、今後の人生が大きく変わるような、不安と、ショックと、、親へも話さないと、保育園にも報告しないと、、とかいろんなことが頭の中を巡っていました。

娘が2歳10ヶ月のことでした。

後日、療育センターへの紹介状をもらいに行き、療育センターで診察を受けることになりました。

 

 

 

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