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ひとり娘の成長記録

発達障害児の子育ていろいろ

2歳(おうむ返し、頷かない)

おうむ返しが多い。これも自閉症スペクトラム、(アスペルガーなど)に多い特徴のようです。

娘も2歳頃は、簡単な会話は成立するけどおうむ返しばかりでした。


まるっきりおうむ返しではなく、否定するときはきちんと否定します。

例えば

「◯◯行く?」→「◯◯行くor◯◯行かない」で答えます。

「このおもちゃ欲しい?」→「このおもちゃ欲しいorこのおもちゃ欲しくない」

と言った感じです。

こうして書いてみると、一見、会話は成立していて、おうむ返しに見えないですが、実際接していると、不自然さ、違和感を感じるのです。

その違和感がどこから来るかを考えた時、「うん」という言葉、そして頷く動作がなかった、ということに気がつきました。会話の中で、頷くことがないのです。「うん」とか「ううん」で答えれば済むものも、全てそのまま文章を繰り返して答えるのです。

「明日◯◯の公園行こうね!」→「うん!」ではなく

「明日◯◯の公園行こうね!」→「あした◯◯のこうえんいこうね」

とおうむ返しで答えます。長い文章でわざわざ答えるのです。

「ママトイレ行ってくるね」の時もそうです。普通は「うん」とか、「わかった」とか、頷くことで答えると思いますが、娘は「うん」ができなかったので、こういう時には無反応か、やはり「ママトイレ行ってくるね」とおうむ返しでした。こういう場合のおうむ返しはかなり不自然で、より会話になっていないと感じました。


『肯定の頷き』は、早ければ1歳には自然に出てくる子もいるそうですが、娘は3歳頃までありませんでした。これは発達障害の判断基準にはありませんが、同じような子を育てている人の書き込みなどでよく見かけるものでした。

会話の中で、「うん」があれば、今よりももっとコミュニケーションが円滑に行くはず、と思い、何かで見た方法を試してみました。(ABAの自閉症関連の本だったかもしれません。ABA=応用行動分析)


「このみかん食べる?」と聞くとそのまま→「このみかん食べる」

とおうむ返しで答えてしまうので、

「このみかん食べる?」の後に子供が答える前に「うん」とすかさずこちらが言うのです。(この時必ず子供が食べたくなるものを見せます。)首で頷く動作も「うん」と同時に見せます。

「このみかん食べる?うん(頷く)」とこちらが言うと、おうむ返しで子どもも「うん」と答えるのです。

最初はうまくいかず、子どもも「このみかん、、うん」などとても不自然になるのですが、子どもが「うん」と答えそうな質問をするときには必ず最後に「うん」をいれてあげると、少しずつ自然に「うん」と応えられるようになりました。

だいぶ覚えてきたかな、という段階で、「うん」と言わずに首の動作だけで見せるようにしていきます。

「このみかん食べる?(頷く)」と言った感じです。そうすると子どもも真似して頷くと同時に「うん」と言葉が出るようになってきました。一度覚えれば後はびっくりするくらい「うん」を上手に使いこなせるようになりました。最初に教えてから何日か、何週間かはかかったと思います。

「ママトイレ行ってくるね」→「うん!」

「明日公園行こうね」→「うん!いこうね」

肯定の頷きが出来るようになったことはかなり大きく、会話がスムーズになり、おうむ返しもなくなりました。会話してる!会話になってる!と感じることが増えたのもこのあたりからでした。




2歳(家族の理解と協力)

母親として、子供の成長に不安を感じ、たくさんの違和感を感じ、毎晩寝る間も惜しんでネットで検索。


発達障害に関する知識も増え、娘と同じような子が今後どのような診断を受けどのようになっていくのか、たくさんの、同じような子を育てるお母さん達のブログを読み漁り、掲示板の書き込みを読み、この子は発達障害なのか?よりも、発達障害児の子育てをしていくと覚悟を決め、娘の行動に理由があることも知り、たくさんたくさん悩み、たくさん勉強していました。


一方、パパは、『発達障害』の言葉も私の口から聞くまでは知らなかったと思います。私自身も調べるまで知らなかったので、当たり前だと思います。

初めてパパに娘のことを「発達障害かもしれない」と打ち明けた時、パパは「でもまだ2歳前だし、これから成長していくんじゃないの?子供なんてみんなそんなもんでしょ?」

といった感じでした。トゲのある感じではなく、「大丈夫でしょ、大丈夫だよきっと」のような意味合いで言ってくれていたと思います。やっぱり私にしかわからないか、、とがっかりした気持ちもありました。なんで私の言うことわかってくれないんだろう。

娘は当時で言うアスペルガー症候群の特徴によく当てはまっていたので、ケータイでアスペルガー症候群の特徴を見せて、「これも当てはまるし、これもこれも当てはまるよ」と見せたような気がします。


ばぁば(私の母)に、意を決してメールをした時も、「◯◯ちゃんがそんなわけないじゃない!ちゃんと目も合うし、会話だってできるし。よく笑うし、、考えすぎ、肩の力抜いて!大丈夫よ!」みたいなメールが返ってきました。母としては、それが私に対する優しさだったんだ思います。けれどショックでした。

母親世代は発達障害という言葉もなく、知識も理解もなく当然、ましてや年に数回しか会えない、写真や動画で「良いところ」しか見ていないのですから、やっぱりそう簡単にはわかってもらえないよなぁ、という感じでした。

娘を育てている私の言うことを誰も信じてくれない。

障害があってはダメなの?

私の考えすぎ?しつけの問題?私だってそうだったらと何度も願ったよ。。


私は娘が発達障害であると確信していました。確信したくない、けど、現実と向き合わなくてはいけない。母親にしかわからない。母親の勘。何人育てたことあるかなんて関係ない。この子を育てたことがあるのは、私だけだから。

私にしかわからなくて当然。


娘の発達障害、これからのこと、抱えきれない不安、家族へ理解を求める、、たくさんやらなきゃいけないことがある。たくさん考えなきゃいけないことがある。頭がパンクしそうでした。

誰か助けて。

毎晩布団に入りケータイで障害について調べては1人で泣いていました。鬱なのかなぁ、、って自分で言えるうちは違うかな。誰にも話せなくてつらいな。療育センターは診察待ちだし。心療内科って行きたいけどハードル高いな。そんなことを考える毎日でした。


※今は、パパも、じぃじやばぁばも障害を受けいれ、理解してくれて、協力してくれています。私が「◯◯しないで」とか「◯◯は苦手だから」とか、言ったことを覚えていてくれたり、温かい目で見守ってくれています。

パパは療育センターの診察(年2回ほど)も仕事の休みを取り付いてきてくれます。最近これができるようになったよね、よく目が合うようになったよね、気持ちの切り替えが上手になったね、と一緒に娘の成長を喜べるようになりました。

家族の理解と協力がなかったらここまで頑張れなかったしこれからも頑張れる気がしません。

娘の成長を一緒に喜んでくれる、私と同じくらい娘を愛してくれる、可愛がってくれる人の存在はかなり大きいです。

2歳(人より物に興味がある)

自閉症の特徴の1つとされていますが、『人より物』を感じる出来事は多々ありました。

まず人への興味関心が薄く、挨拶されてもその人の方を見ません。自分が挨拶したい時には娘からするときもあります。けどそのあと何か話しかけられても反応しないことがほとんどでした。

自分の欲求、「◯◯食べる」とか「◯◯する」とかはよく話しかけて来ますし、こういう時は目も合いやすいのですが、「おはよー!」とか「ばいばい!」とか、挨拶に対しての反応や、「美味しい?」とか聞いた時の反応はほぼノーリアクションでした。自閉症アスペルガー)によくある『会話が一方通行』にも当てはまっていました。


1〜2歳の頃アンパンマンが大好きだったので、知らない子がアンパンマンの服を着ていたら、相手が誰であろうと、「アンパンマン!」とか「アンパンマンいた!」とか指をさします。

ある日公園へ行った時にも、アンパンマンのTシャツを着ていた子を見つけ、「アンパンマンいたー!」と言いました。その子がなんか言おうと、その子の目も見ず、アンパンマンばかり見ています。

その子がその場を去る時に「ばいばーい!」と娘の目を見て手を振っても、娘はその子に対してバイバイと言わず、目も合わせず、「アンパンマンばいばい。」と言いました。まさに『人より物』を感じた出来事でした。


通りすがりの知らない人の傘を奪おうとしたこともあります。

人が見えていなくて、その人の「傘」しか見えていないのです。

公園のベンチに置かれている知らない人のカバンを片っ端から触ろうとしていたり。

誰かが持っているものを触ろうとする、欲しがる、興味がわけばつかもうとする。それをどんなに強面のおじさんが持っていようがヤンキーのお兄ちゃんが持っていようが関係ありません。人を見ていないのですから。

親としては冷やっとする場面の連続でした。

これは2〜3歳前半くらいまで続きました。

※最近心理勉強会で聞いたお話で、発達障害児によくある「シングルフォーカス」という言葉を知りました。一点に集中するとそこしか見えなかったり、一部分ずつしか見ることができない(黒板の板書が一部分ずつしか見えず全体が見えていないので所々抜けてしまう子もいるそうです)、物が気になったらその物しか見えなくなってしまうのは、このシングルフォーカスという特徴から来るものでもあるのかなと思いました。普段の生活の中で、娘は視野が狭いなと感じる場面が多かったので、なるほど、やっぱりあれはそういうことだったのか、と納得しました。発達障害について知れば知るほど、娘の今までの理解しがたい行動がそういった特徴から来るものであったり、理由があったんだとわかり、辻褄があうような、謎が解けたような、すごくスッキリした気分になれます。

2歳(幼稚園プレ)

2歳を過ぎると、周りとの違いがだんだん目立ち始めてきました。
落ち着きがないと気付いたのは2歳よりももっと前だったかもしれません。
この頃は不安と悲しみと、いろんな感情でいっぱいいっぱいで、とても成長の記録を残すような精神的余裕がありませんでした。
目立った特徴や出来事ははっきりと覚えていますが、何月だったか、2歳何ヶ月の時だったか、までは正確には覚えていません。

2歳半頃、近隣幼稚園のプレを申し込む時期になり『プレに入っていないと願書がもらえない』という幼稚園へ、プレの体験日があったので行ってみることにしました。広いお部屋で親子で手遊びや歌を歌ってお話を聞いて最後に申し込み、という流れです。
自転車で10分ほどの場所。園庭開放に行ったり上に兄姉のいる親子は慣れた感じで入っていきますが、初めての場所なので、娘も大丈夫かなあと心配でした。

受付をし靴を脱いで上履きを履き、始まるまで部屋で待つ。
この「部屋で待つ」からもう無理でした。
だいたいみんなママのお膝に抱っこか、近くで座って待っていますが、娘は立ち上がりたい、あっちへ行きたい、部屋を出たい、、無理やり座らせようとしても抵抗する、、けど手を離せば外へ飛び出してしまう。という感じ。
仕方なく手を繋いで廊下へ出て、ウロウロ。
部屋に戻って座ってみたり、また外へ出て見たり、カバンの中から何かないかなと探して手紙を見せたり、パンフレットを見せてみたり。
「待てない子」を待たせる時間って、親にとっては本当に長いです。辛かった。
ようやく園長先生の挨拶から始まり、先生方の話や手遊びなんかが始まりました。
なんとか座らせて先生の方へ向くよう「あれ見てごらん!」「◯◯だね〜!」なんて必死に話しかけますが、他の子が「うわぁー!」とか「◯◯だー!」とか良いリアクションを見せる中、娘は、その先生が持っているぬいぐるみが触りたいと愚図りはじめました。
抱っこでなんとか抑えますが、「んー!」と言いながら手を伸ばして触りたいと、私が制止しなければ先生から奪い取るであろう勢いで欲しがり、触りたがります。

※これはこの頃よくありました。人が持ってるものがとにかく触りたい、
自分も持ちたい、真似したい、欲しい。など。
後に『人より物に興味がある』という自閉症の特徴から来るものだとわかりましたが、この頃は特にひどかったです。
2歳の頃は本当にどこへ行ってもよくありました。すれ違う人の持っているもの、特に同じ歳くらいの子がやってること、被っている帽子、持っているバッグ、全て自分もほしい、やりたい、真似したい、触りたい。それが手に入らない、できないとわかると大泣き。癇癪を起こすほど泣きます。外出先でも気を抜けませんでした。※

この時はなんとか気をそらしましたが、やっぱり最後まで持たず愚図るので、大泣きして迷惑かける前に、とりあえず廊下へ。
待ってましたとばかりに走り回る。それも全速力。
廊下から、突き当たりのトイレの中まで猛ダッシュ。そこがトイレであろうとどこであろうと関係なし。
何かに興味があってそこへ向かって走るのではなく、もうとにかく走る。呼んでも止まりません。身体ごと捕まえるしかない。幼児によくある「落ち着きがない」とは全然違う、発達障害の「多動」だなと一目瞭然でした。
その後、プレの申し込みのため、みんな親子で順番に並んでいましたがそういえば娘はこの頃「並ぶ」ということもできませんでした。じっとしてなくてはいけないことが無理、待つのが無理ですから、「列に並ぶ」ということも当然出来ませんでした。
結局その辺を手を繋いで(手を離すと走ってどこかへ行くので離せません)ウロウロさせながら時間を潰し、一番最後に受付を済ませました。
この日は80名近くいましたが、娘のような目立った多動の子はいませんでした。80人に1人。予想通りとはいえ、ショックでした。
今思えば、周りとの違いに早く気付けたことは、ある意味ラッキーだったかもしれません。次の行動へ一歩踏み出す決心が早くついたということは、早期療育へ繋がる。子供にとっても良い事だったんだと思います。
プレに申し込んだものの、その後思いがけず保育園に行くことになり、プレは一度も行かずに終わりました。




2歳(母親にしかわからない「目が合わない」ということ)

目が合わないと気付いたのは、

落ち着きのなさやいろんなことに疑問を感じてケータイで調べたら、

発達障害自閉症スペクトラム)の子のいくつかの特徴の中に、

「目が合わない」というのがあった時。


あれ?うちの娘ってちゃんと目が合ってたっけ?というか私も家事やりながら話しかける時は子供の目を見ずに話すことが多かったから、特に意識してなかったな。

けど子供の視線を感じたことってあまりなかったかも?


試しに話しかけてみる。反応は薄い。目も合わない。

本の図鑑を開きながら、「りんごは?」と聞くとちゃんとりんごを指差す。

けれどそのあと私の方を一度も見ない。

何度繰りかえしても、やっぱり顔は本へ向いたまま。

途中、質問をやめてわざと無言になってみる。

普通なら、「あれ?なんでママ問題出さないの?」のように、言葉ではなくても視線を送って来るはず。

でも一度もこっちを見なかった。

目が合わない、、こんなに合ってなかったっけ?全然合わないじゃん。なんで今まで気付かなかったんだろう。


そこから毎日、

「やっぱり目が合わない、自閉症かも」

「あれ、今ちゃんと目見てたな、勘違いかな」

毎日の1つ1つのコミュニケーション、仕草や動作にそんなことを思いながら、不安になったり安心したりを繰り返す苦しい育児でした。


2歳半頃。目の合わなさを確信した出来事がありました。

近所でベビースイミングの体験をやっているというので、試しに行ってみることに。申込をし、当日までにフィットネス用の水着を買い、娘の水着も帽子も買い、少しワクワクした気分でした。

この頃には人見知りも少しずつ落ち着いてきていたので、習い事でも始めれば集団の力で自閉症スペクトラムと疑われるような部分も改善するんじゃないか、という期待も込めて、参加することにしました。

ベビースイミング体験当日。まず水着に着替えるという難関。

家から着て行きましたが、服を脱いだり、荷物を手早くまとめたりしなくてはなりません。

娘は私の着替えや準備をそばで待てるわけもなく、ロッカールームの中を走り回る。他の親子に近付いていく。始まる前からヘトヘトです。

なんとか終えたところでプールサイドへ。

みんなが揃う前の待ち時間、プールサイドに用意してあったおもちゃでなんとか時間を潰していました。

時間になり、先生から集合がかかる。もちろん娘はおもちゃを手放したくなくてグズる。

無理やり抱っこしてなんとか先生の前へ座りました。全部で8組ほどいました。

みんなママの膝に抱っこしてそれなりにじっとしていました。

しかしこの間もちろん娘がじっとしているわけもなく。

おもちゃが触りたいと身体をうねうね。なんとか抱っこをすり抜けようとする。

先生の話は挨拶程度でしたが、娘がいつ大泣きするか、暴れ回らないか、大声を出さないか、途中棄権しないか、、

そんなことを考えながら必死に娘の気をそらし暴走を阻止しているときの時間は、1分が1時間にも感じるのです。

このようなことはどこへ行ってもありました。だからといって慣れてもいないし、ヒヤヒヤしますし、笑顔もひきつります。

娘は多動+待つのが苦手(自閉症スペクトラムの特徴のひとつ)+イヤイヤ期ですから、待てるわけがないのです。


その後なんとか「じっと話を聞く」という魔の時間が終わり、準備体操が始まりました。

音楽が流れ、聞こえてきたのは娘の大好きなポニョの曲。

嬉しそうに、斜め上を見ながら口ずさみ、身体を動かします。

けど娘の目線はずっと斜め上。

先生の方を見ませんし、私の方だって全く見ません。

笑顔でポニョだね〜!手をブラブラ〜!なんて言いながら話しかけたって無視です。目は合いません。完全に自分の世界です。

みんなは先生やママの真似をしながら、(真似をしようとしながら)なんとなく体操していましたが、娘は全くできていませんでした。

その後プールに足をつけたり抱きかかえて泳いだりいろんなことをしましたが、

他の親子がにっこり目を合わせながら、きゃっきゃと笑い合いながらベビースイミングを楽しんでいる中、

私は一度も娘と目が合いませんでした。

楽しいねー!気持ちいいねー!

必死に話しかけて必死に笑いかけても、娘は笑ってはいるのですが、視線はプールの外や斜め上。もちろん「うん」と頷くことも言うこともありません。

逆にこれだけ目を合わせない方が難しいんじゃないかってくらい見事に一度も合いませんでした。


家ではわりと目が合うのですが、やはり周りに刺激が多かったり、外出してる時などはほぼ最初から最後まで目が合わないことが多かったです。

(後にわかったのですが娘は音に対して敏感なところがあり、さらに自閉症スペクトラムの子はガヤガヤしているところでは自分にとって必要な音や声を選んで聞き取る能力が低く、全部の音、声が同じ音量で入ってきてしまうのであちこち気がそれてしまう、という子もいるそうです。)

この、「家では目が合う」というのがまたややこしく、実際、パパやじぃじばぁばは、後に私が目が合わないということを話しても、たぶんピンと来なかったと思います。目合うし、反応もあるじゃん、って。

それは、外へ連れ出したり、いろんな集まりに参加したり、静かな場所、賑やかな場所、子供がいる場所、大人しかいない場所、、など、いろんな場面での子供の様子や、他の子との違いを普段から見ている母親にしかわからない、母親しか気付けない小さな違和感なんだと思います。

おうちと、お外とでは、子供の様子もまた違うんです。


話は戻り、ベビースイミング体験は最後までこんな感じでしたので、もちろん入会の申し込みはせずに帰りました。今、この子に必要なことはもっと他にあるはず。「療育」という言葉が浮かんだのもこの頃だったかもしれません。


そしてこの日の出来事で周りの親子の様子との違いや、娘の目の合わなさを痛烈に感じたことで、やっぱりこの子は発達障害だ、むしろ発達障害じゃなかったら何なんだ、もうそれ以外考えられない、と感じました。


2歳(疑問が確信に)

2歳を過ぎた頃には、うちの子、何か違う?と

少しずつ疑い始めていました。


ある日、友達親子と3組で集まった時。

みんな同い年の子供がいるのですが、

うちの子がグズって泣いた時、

お友達の子が、「泣いてる」って指差してから、私の顔をじっと、目を合わせて見てきたのです。「泣いてるよー」って訴えるように。

目が合うって、こういうことなんだ!とこの時初めてわかりました。

うちの娘の「目が合う」と、お友達の「目が合う」は明らかに違ったのです。


他にも、何かに気付いて指差しをしたあと、必ず親の顔を見ていました。

うちの子は、指差しはしますが、そのあと私の顔を見ていないということに、この時気付きました。


外を歩いている時、お友達の子2人とも、手を繋がずに歩いても遠くへ行ったりしない。

少しちょろちょろっと離れてしまっても、ちゃんと戻ってきます。呼べば振り返ります。


私の娘は、一瞬でも手を離したら、

いきたい方へ一目散に駆けて行くので、(そして戻ってこない)

絶対に手は離せませんでした。

一度手を離すと繋ぐのを嫌がるから、というのもあり常に手を繋いでいないといけませんでした。


デパートの子供の遊び場へみんなで行きましたが、娘はとにかく走り回り、あちこち遊具を触っては次、ちょっと乗ったら次、と秒単位で動いている感じでした。

他の子達は気に入った遊具でそれなりにじっくり遊んでから次、という感じでした。

その遊び場はデパートの子供用品売り場のフロアの一角にあり、入り口は封鎖されていない状態だったので、

ちょっと油断したすきに裸足のまま遊び場から走って出て行ってしまいました。

外の売り場のおもちゃが見たいわけでもなく、ただただ裸足で猛ダッシュ。

呼んでも止まりません。

急いで追いかけて、娘が男子トイレの中へ入ってしまう直前に捕まえました。


目的もなくただ走り回る多動、

内と外の区別がつかない、

呼んでも振り返らない、

、、とにかく、コミュニケーションが取れていない。


この日の出来事で、娘が発達障害かもしれないということがより現実味を帯びてきました。

8割くらいは、たぶんそうだろうな、けど残りの2割は、、まだわからない。思い過ごしであってほしい。という気持ち。


この頃には毎晩娘が寝た後、ケータイで『発達障害』について調べていました。


発達障害チェック項目のようなものを見ても、

当てはまるものが以前よりも増えていくような気がしました。


0歳の頃から後追いがほとんどなかった、

目が合わない、合いづらい(自分の要求を伝えるときは合う)

くるくる回る、

手をひらひら(バタバタ)させる、

時々つま先歩きをする、

落ち着きがない、呼んでも振り返らない(戻ってこない)、

言葉は二語文程度だが、歌やアニメのセリフはスラスラ言えて関係ない時にセリフをいきなり言うことが多い【遅延エコラリア】、(これに気付いたのはもう少し後でした。)

会話は一方的でコミュニケーションが取りづらい、

おうむ返しが多い、

クレーン現象、

遊びが続かない、

「うん」と頷かない、肯定の頷きがない(これに関しては本やインターネットサイトのチェック項目にはありませんでしたが、発達障害、主に自閉症の子どもにはよく見られることのようでネットの掲示板などでもよく見かけました)

横目で見る(もう少し後だったかもしれませんが一時的にやっていました)


など。


チェック項目のページには


『これは発達障害の特徴でもありますが、定型発達児でも当てはまることもありますので、正確な診断ではありません。必ず専門の機関で診てもらいましょう』のようなことが書いてあり、

「定型発達児にも当てはまることもある」という言葉に必死にすがっていたような気がします。

たまたまかもしれない、今だけだ、成長とともに落ち着くはず、と。

言葉に関しては二語文や簡単な三語文が出始め、簡単な会話(食べる?→食べる、名前は?→◯◯、のような質問に答える程度)ができ、歌も歌ったりしていたので、そこがまた「発達障害じゃないかもしれない」と少しの期待を残してしまう要因でもありました。


この頃に初めてパパに「娘が発達障害の特徴にかなり当てはまってるんだよね」と打ち明けました。


1歳〜2歳(落ち着きのなさ)

どこへ行っても走り回るのが大好きな娘でしたが、

 

一歳で落ち着いている方がおかしい

 

くらいに思っていたので、

元気に走り回る娘を見ては

ほんとに走るのが速いな、子どもはじっとしてなくて大変だわ、なんて思っていました。

 

ベビーカーに乗ったり、チャイルドシートに乗っているときは割とおとなしく乗っていることが多かったので、

(ぐずった時はおもちゃやお菓子で間を持たせていました)

落ち着きがないなということは頭の片隅にありながらも、そこまで深く考えてはいませんでした。

 

ただ、1歳8ヶ月、1歳10ヶ月、、2歳に近づくにつれ、やっぱりこの落ち着きのなさは普通じゃない気がする、周りの子達を見ててもうちが一番落ち着きがない気がする、

と思い、夜な夜なスマホで『2歳 落ち着きがない』とか調べたりするようになりました。

この頃から「ADHD」や「発達障害」と言う言葉を少しずつ目にするようになりました。

そこで、自閉症の特徴に「目が合わない、合いづらい」というのがあるのも知りましたが、全く合わないということはなく、私へ何かを訴えて来る時には目が合っていたので、問題ないと思っていました。

 

2歳を過ぎたある日、同時期に出産したお友達親子と3組で集まることになりました。

 

その時に初めて娘の「落ち着きのなさ」「目の合いづらさ」がやはり普通ではないんだと思い知らされることになりました。

 

 

 

1歳(コミュニケーションについて)

0歳の頃から、あやすとよく笑う。こっちもつられて笑っちゃうくらい大笑いすることもある。

言葉も少しずつ増えていき(単語)、

コミュニケーションに特別問題を感じることもなく過ごしていました。

 

ただ、一歳半を過ぎて、言葉が増えるわりに、食事中「おいしい?」と聞いても無反応。

何か食べたい時は「(り)んご!」とか、

自分からは話しかけて来るのですが、こちらから話しかけても無反応ということが多かったです。

 

また言葉が出ているとはいえ、私にしかわからないような、単語の最後の文字だけいう、りんごを「んご!」とかだったり

オムツを「おっちゅ」とか

バナナを「んーま!」とか、

単語としてカウントして良いのかわからないくらいの曖昧な言葉でした。

二語文が出るようになったのは1歳10ヶ月ごろでしたが、発音がはっきりしないので、これも私やパパにしかわからないレベルの言葉でした。

 

食事中の話に戻りますが、

「おいしい?」と聞いても無反応。

「これはニンジンだよー」と言っても無反応。ただひたすら食べ続ける。

ずっと無言のときもあれば、お茶を飲む時に「ちゃ!」とか言ったりするときもあったりして、

けど私に対してアピールするように言うのではなく、自分でただ言葉を発しているだけのような感じでした。

食べている最中、こちらを見向きもしない。(これは後から思い返して気付きました。)

話しかけても基本的にこちらを見ないので、毎回顔をのぞきこむように話かけていました。

この頃からコミュニケーションの問題はあったのですが、(目が合いづらい、会話が一方的、など)

あやすと笑ったり、「ちょうだい」というと手におもちゃを乗せてくれたりはできていたので、

1歳児のコミュニケーションはこんなもんだと思っていました。