ひとり娘の成長記録

発達障害児の子育ていろいろ

2歳(声の適当な大きさがわからない)

この頃の特徴で、声の大きさ、適当な(その場に適した)声量がわからない、というのもありました。

 

窓の外にいる人や、遠くにいる人に話しかけるとき、

普通は大きい声で話しかけると思います。近くなら小さめ、遠くなら大声で「ママー!」と呼ぶ。

これは定型発達の子なら教えなくても自然に出来るそうですが、うちの子はできませんでした。

遠くにいるパパに、小さな声で「パパー」と言う。

「大きい声じゃないと聞こえないよ。」というとさっきよりも大きい声を出して呼びますが、それでもまだ聞こえないレベルの声量。「もっと大きく言って」って少しずつ大きくしていき、ようやく相手に聞こえる声量にたどり着く。

 

『相手の立場にたって物事を考える』というのが苦手な子にとって、相手が小さな声だと聞こえないという当たり前の事もわからないんだなぁ、と思いました。

普通は教えなくても勝手に、無意識に、自然にできるようになることも、ひとつひとつ教えなくてはいけない。たいへんだなーこりゃぁ、、と思ったのを覚えています。

 

発達障害の本でよく見かける、音量を5〜6段階に書いた表を壁に貼っていました。

0、、アリ(しゃべらない)

1、、ねずみ(コショコショ話)

2、、ねこ(小さな声)

3、、女の子(いつも話してる大きさ)

4、、ライオン(大きめ)

5、、怪獣(うるさい)

 

こんな感じで右上がりの棒グラフをいろんな動物で例えてあるもの。

病院ではこのくらい、図書館ではこのくらい。と、教えていました。

「もう少し小さく」「ちょっと大きく」など曖昧な指示が分かりづらいようなので、

「今は3の声だよ」「4の声だとうるさいから2にしてね」とか、結構使えました。

4歳前には表も必要なくなりました。今では時々、「ママ、図書館だから1の声だよ」と娘に注意されたりします。

 

 

 

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2歳(一時保育の利用)

一時保育をやっている保育園へ電話。
ここがダメなら諦めようと思っていたけど、
電話で聞いてみると空きは少ししかなく利用できる日も限られるが、登録はできるとのこと。預けたい理由も話すような会話の流れになったので「発達に不安があって、集団の中で育てたい」というようなこともチラッと話したら、「そういう理由で来られる方もたくさんいらっしゃいますよ。一度お子さんと見学にいらしてください。」ということでした。
そこの保育園は0〜2歳児まで(年少さんより前の学年まで)の小規模の認可保育園。
全部で20人ほどの小さな保育園で、ビルの二階が保育園になっているところでした。
保育園へ着くと、ちょうど二階へ上がる外階段でお散歩へ行く先生と子供達とすれ違い、先生達がとても感じよく挨拶してくださったのを覚えています。
玄関の前まで行くと園長先生と主任の先生が待っていてくれました。
靴を脱ぎ、中へ入った途端、娘は先生の顔を見るよりも先におもちゃへダッシュ。興奮気味にとにかく走り回り、いろんなおもちゃを触りまくる。初めての場所、色とりどりのおもちゃ。刺激が強いのかあちこち手に取っては次へ、またすぐ次へ、という感じ。
その様子を見た園長先生が「いつもこんな感じですか?」と聞いてきました。落ち着きがないことは電話で前もって言っていたので、「やはり落ち着きがないですよね、お母さん大変でしょう。」のようなことを言われました。私も普段の様子や心配な点など話し、それを聞いた園長先生は「3歳児検診はまだですよね…?」と、遠回しに発達障害のことを言ってるんだろうなとわかりました。
私はこのとき、とても嬉しかったのを覚えています。
なぜなら、たくさんの子供たちを見てきた人が、うちの娘はやはり落ち着きがないと、わかってくれたからです。
身内でも誰も信じてくれなかった娘の発達障害の疑いについて、初めて同じように感じてくれた人が現れたからです。それも保育のプロが。
やっぱり、やっぱりそうですよね!?わかってくれた。初めて私の不安をわかってくれる人がいた!相談できる人がいた。話を聞いてくれる人がいた。涙が出るくらい嬉しい出来事でした。
発達障害を指摘されて怒るお母さんもいると聞きましたが、私は真逆でした。
その後、話は進み一時保育の登録をして、
平日はやはり空きがなく、風邪などでお休みが出れば空くが当日にならないとわからない、土曜日なら空きがあり人数も少なく慣らすのには良いのでは?とのことで、土曜日に初めての一時保育で2時間ほど見てもらえることになりました。

園長先生は娘の発達のことや落ち着きがない点についても認めてくださり、「心配ですよね」と一緒に考えてくれて、きちんとお預かりしますねと本当に優しく温かく対応していただきました。他の先生方もみんな優しく、今となってはこの保育園との出会いが娘の成長にとって大きなプラスの影響を与えてくれたと思っています。

一時保育当日のことについてはまた書きます。

5歳(現在)

今日は過去を振り返るのを少しお休みして、現在の話。


久しぶりに車で大きい公園へ行きました。

2〜3歳の頃は、あんなに大変で私にとっては苦痛だった公園遊び。

最近ようやく楽しめるようになりました。



一人でどこかへ行ったりしない。安心して見ていられる。

順番を守れる。

小さい子に優しくできる。

知らない人にいきなり話しかけない。

人のものを触ったりしない。

次なにするー?次あっち行こー!と一緒に遊ぶことを楽しめるようになった。

自転車の練習、ボール遊び、シャボン玉。鬼ごっこ。かくれんぼ。

いろんな遊びを1つ1つ、一緒に楽しめる。


 公園遊びって、こんなに楽しかったんだ。

パパと娘と3人で、一緒に笑いながら遊ぶ時間、本当に楽しかったです。


2歳の頃は、こんな風に純粋に公園遊びを楽しめる時が来るなんて、想像もつかなかった。

あの頃の自分に今の光景を見せられたら、もっと気持ちは軽くなっていたのかなと思います。

そのくらい、成長しています。


まだまだ問題はたくさんありますが、確実に成長しています。


最近は聞き分けも良くなってきて、それなりに反抗もしますが、話せば理解できるようになってきたので、叱ることも減りました。

とはいえ危険なことを危険だとわかっていてやったり、悪いとわかっているのに悪いことをした時にはもちろん叱ります。(今のところ娘に手をあげたことはありません。だいたい本気で叱るとすぐ泣くのでそこまでに至らずに済んでいるのかもしれません。)

発達障害児には叱らない子育てが良いのかもしれませんが、頭ではわかっていてもそんなにうまくはいかないものです。強く叱ったり、出来ないところばかり見てしまったり、なんとか良くしようという思いが強過ぎてイライラしたり。自己肯定感を高めるように育てなくてはならない、否定的になってはいけない、、頭ではわかってはいるけれど。常に自分の感情との戦いです。



2歳(保育園の一時預かり利用)

習い事もダメ、幼稚園プレもダメ、サークルや地域の集まりもダメだった。娘には合わなかった。


このまま、幼稚園入園まで、3歳半まで、毎日2人きりで過ごすしかないのか。

娘に発達障害を疑う点がなければそれで良かったのかもしれません。ママとべったりできるのは今だけだから、と前向きに思えたかもしれません。

けれど、この頃にはもう私にできることはやり尽くしていて、何をやらせても、どこへ行かせてもだめだった、娘も私も安心していける場所がどこにもない、探しても探しても見つからない。私1人での育児に限界を感じていました。

こんな毎日だけどそれなりに1日1日、成長はしている。こんなに伸びる時期なのに、私1人で相手してていいんだろうか。じいじばぁばは遠方で会えない。療育センターも相談待ち、療育を受けるなら次年度からだからもっと先。

公園で知らない子と遊ばせる?公園もほぼ毎日連れて行きましたが、遊ばせたくても一点にとどまることがなく走り回る、他のお母さんとお話ししたくてもすぐどこかへ消えてしまうから話せない、目が離せない、お友達の道具を片っ端から全部勝手に触る、知らない人の荷物を触ろうとする、遊具よりも、入ってはいけない草むらへ突き進んでいく、石をひたすら溝に入れる、遊具ではブランコなど順番が待てず癇癪を起こす、気を遣ってどいてくれる、謝る、、毎回すいませんすいませんと謝って、毎回これはダメあれはダメだよと教え続け、追いかけ回し、ヘトヘトになって帰る、そんな遊び方でした。

花を摘んで見せてみたり、ただひたすら遊具で遊んだり、追いかけっこしたり、砂場で一緒に山を作ったり、時々顔を見合わせて笑って、名前を呼んだら「なに?」とこっちを振り返り目を見つめて、「おいで」と言ったら笑顔で駆け寄ってくる。そんな当たり前の光景が羨ましくて、私と娘の世界とはかけ離れ過ぎていて、この頃の公園遊びはとても辛かったです。


なんとかしたい、発達障害だと気付いてるのに何も出来ないもどかしさ。必死に何かないかと考え、助けを求める気持ちでたどり着いたのが『保育園の一時預かり、一時保育』でした。

一時保育を実施している保育園に直接電話し、一時保育の登録をすれば、園によっては1日だけ、とか何時間だけ、とか見てもらえるということでした。以前から知っていて気になってはいたのですが、人見知りの激しさや、私でもこんなに扱いづらい大変な子を見てもらえるのか、発達障害に理解があるのか、まずじぃじばぁばにも預けたことがない子をいきなり保育園になんて発想になるわけもなく、選択肢として考えていませんでした。

けれど他の選択肢が全てなくなり、ここへ来て、藁にもすがる思いで家から徒歩15分ほどの保育園へ電話をかけました。

一時保育の利用について聞いてみると、一時保育の登録をしている方がたくさんいて、なんとか1日だけ空きがあるけれど、その保育園が来月いっぱいでなくなってしまうので一度しか利用できないですが良いですか?ということでした。なんというタイミングの悪さ。一度だけじゃ意味ないなと思いそこは諦め、別の保育園へ電話をかけました。

通える範囲で一時保育をしている保育園はあと1つ。一時保育にもいくつか種類があり、就労で預ける場合のみOKのところと、私のように働いていなくても、特に理由がなくリフレッシュ目的で預けられる一時保育などがあり、このリフレッシュのための一時預かりを実施している保育園はとても少なかったのです。

この保育園がダメなら、もう選択肢は何もない。。

多分無理だろうなぁ。待機児童がこんなに問題になってる地域で一時預かりもさっきの保育園同様きっといっぱいだろうし。断られる覚悟で電話をかけました。


2歳(療育センターへ相談)

初めて療育センターへ相談の電話を入れたのはいつだったか、、2歳過ぎだったかと思います。

電話で誰と話したかも忘れてしまったのですが、一歳半検診で引っかかっていなかったことなどから、まずは区役所の保健師さんと相談、家に訪問してもらって様子を見てもらい話をして、それから療育センターを受診するかどうか決めましょう、ということでした。

まず保健師さんに自宅へ来てもらうのが約1ヶ月後、その後療育センター受診となるとさらに3ヶ月、、いや、もっと後だったかもしれません。1日でも早く診てもらいたいのに、、今一番成長する時期なのに。早期療育、、焦る。。これだけ待つということは、同じような思いをしてる方がたくさんいるんだろうな、と思いました。

しかしちょうどこの時期に引っ越しすることになり、地区が変わり担当の方も変わり、、などしているうちに結局自宅へ訪問の予定が伸び、電話での相談から療育センター受診の予約を取ることができました。が、やはり数ヶ月後。

キャンセルが出たら予約日よりも早く診てもらえるということでしたが、運良くキャンセルの電話が来て、予約日よりも少し早く診てもらえたような記憶があります。それでもだいぶ待ちました。もっと早く電話すれば良かったな、何ともなかったらキャンセルすれば良かったんだし。。と後悔もありましたが、とりあえずみてもらえるということになり一歩進めた気がしてすごくホッとしました。

療育センターでは、まずソーシャルワーカーの方と今までの成長や発達障害を疑う点についてなど質問に答えつつ話しつつ、相談し、療育センターの説明などを聞き、この日はそれで終わり。

次回心理士さんによるIQテスト(田中ビネー)、その後医師の診察ということでまた2ヶ月ほど先の予約を取りました。

2歳(おうむ返し、頷かない)

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おうむ返しが多い。これも自閉症スペクトラム、(アスペルガーなど)に多い特徴のようです。

娘も2歳頃は、簡単な会話は成立するけどおうむ返しばかりでした。

 

まるっきりおうむ返しではなく、否定するときはきちんと否定します。

例えば

「◯◯行く?」→「◯◯行くor◯◯行かない」で答えます。

「このおもちゃ欲しい?」→「このおもちゃ欲しいorこのおもちゃ欲しくない」

と言った感じです。

こうして書いてみると、一見、会話は成立していて、おうむ返しに見えないですが、実際接していると、不自然さ、違和感を感じるのです。

その違和感がどこから来るかを考えた時、「うん」という言葉、そして頷く動作がなかった、ということに気がつきました。会話の中で、頷くことがないのです。「うん」とか「ううん」で答えれば済むものも、全てそのまま文章を繰り返して答えるのです。

「明日◯◯の公園行こうね!」→「うん!」ではなく

「明日◯◯の公園行こうね!」→「あした◯◯のこうえんいこうね」

とおうむ返しで答えます。長い文章でわざわざ答えるのです。

「ママトイレ行ってくるね」の時もそうです。普通は「うん」とか、「わかった」とか、頷くことで答えると思いますが、娘は「うん」ができなかったので、こういう時には無反応か、やはり「ママトイレ行ってくるね」とおうむ返しでした。こういう場合のおうむ返しはかなり不自然で、より会話になっていないと感じました。

 

『肯定の頷き』は、早ければ1歳には自然に出てくる子もいるそうですが、娘は3歳頃までありませんでした。これは発達障害の判断基準にはありませんが、同じような子を育てている人の書き込みなどでよく見かけるものでした。

会話の中で、「うん」があれば、今よりももっとコミュニケーションが円滑に行くはず、と思い、何かで見た方法を試してみました。(ABAの自閉症関連の本だったかもしれません。ABA=応用行動分析)

 

「このみかん食べる?」と聞くとそのまま→「このみかん食べる」

とおうむ返しで答えてしまうので、

「このみかん食べる?」の後に子供が答える前に「うん」とすかさずこちらが言うのです。(この時必ず子供が食べたくなるものを見せます。)首で頷く動作も「うん」と同時に見せます。

「このみかん食べる?うん(頷く)」とこちらが言うと、おうむ返しで子どもも「うん」と答えるのです。

最初はうまくいかず、子どもも「このみかん、、うん」などとても不自然になるのですが、子どもが「うん」と答えそうな質問をするときには必ず最後に「うん」をいれてあげると、少しずつ自然に「うん」と応えられるようになりました。

だいぶ覚えてきたかな、という段階で、「うん」と言わずに首の動作だけで見せるようにしていきます。

「このみかん食べる?(頷く)」と言った感じです。そうすると子どもも真似して頷くと同時に「うん」と言葉が出るようになってきました。一度覚えれば後はびっくりするくらい「うん」を上手に使いこなせるようになりました。最初に教えてから何日か、何週間かはかかったと思います。

「ママトイレ行ってくるね」→「うん!」

「明日公園行こうね」→「うん!いこうね」

肯定の頷きが出来るようになったことはかなり大きく、会話がスムーズになり、おうむ返しもなくなりました。会話してる!会話になってる!と感じることが増えたのもこのあたりからでした。


※頷きがない=自閉症スペクトラム、ではありません。頷きがないということが診断には特に関係ないようなので、うちの子の場合はたまたまそうでした、というお話です。

 

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2歳(家族の理解と協力)

母親として、子供の成長に不安を感じ、たくさんの違和感を感じ、毎晩寝る間も惜しんでネットで検索。


発達障害に関する知識も増え、娘と同じような子が今後どのような診断を受けどのようになっていくのか、たくさんの、同じような子を育てるお母さん達のブログを読み漁り、掲示板の書き込みを読み、この子は発達障害なのか?よりも、発達障害児の子育てをしていくと覚悟を決め、娘の行動に理由があることも知り、たくさんたくさん悩み、たくさん勉強していました。


一方、パパは、『発達障害』の言葉も私の口から聞くまでは知らなかったと思います。私自身も調べるまで知らなかったので、当たり前だと思います。

初めてパパに娘のことを「発達障害かもしれない」と打ち明けた時、パパは「でもまだ2歳前だし、これから成長していくんじゃないの?子供なんてみんなそんなもんでしょ?」

といった感じでした。トゲのある感じではなく、「大丈夫でしょ、大丈夫だよきっと」のような意味合いで言ってくれていたと思います。やっぱり私にしかわからないか、、とがっかりした気持ちもありました。なんで私の言うことわかってくれないんだろう。

娘は当時で言うアスペルガー症候群の特徴によく当てはまっていたので、ケータイでアスペルガー症候群の特徴を見せて、「これも当てはまるし、これもこれも当てはまるよ」と見せたような気がします。


ばぁば(私の母)に、意を決してメールをした時も、「◯◯ちゃんがそんなわけないじゃない!ちゃんと目も合うし、会話だってできるし。よく笑うし、、考えすぎ、肩の力抜いて!大丈夫よ!」みたいなメールが返ってきました。母としては、それが私に対する優しさだったんだ思います。けれどショックでした。

母親世代は発達障害という言葉もなく、知識も理解もなく当然、ましてや年に数回しか会えない、写真や動画で「良いところ」しか見ていないのですから、やっぱりそう簡単にはわかってもらえないよなぁ、という感じでした。

娘を育てている私の言うことを誰も信じてくれない。

障害があってはダメなの?

私の考えすぎ?しつけの問題?私だってそうだったらと何度も願ったよ。。


私は娘が発達障害であると確信していました。確信したくない、けど、現実と向き合わなくてはいけない。母親にしかわからない。母親の勘。何人育てたことあるかなんて関係ない。この子を育てたことがあるのは、私だけだから。

私にしかわからなくて当然。


娘の発達障害、これからのこと、抱えきれない不安、家族へ理解を求める、、たくさんやらなきゃいけないことがある。たくさん考えなきゃいけないことがある。頭がパンクしそうでした。

誰か助けて。

毎晩布団に入りケータイで障害について調べては1人で泣いていました。鬱なのかなぁ、、って自分で言えるうちは違うかな。誰にも話せなくてつらいな。療育センターは診察待ちだし。心療内科って行きたいけどハードル高いな。そんなことを考える毎日でした。


※今は、パパも、じぃじやばぁばも障害を受けいれ、理解してくれて、協力してくれています。私が「◯◯しないで」とか「◯◯は苦手だから」とか、言ったことを覚えていてくれたり、温かい目で見守ってくれています。

パパは療育センターの診察(年2回ほど)も仕事の休みを取り付いてきてくれます。最近これができるようになったよね、よく目が合うようになったよね、気持ちの切り替えが上手になったね、と一緒に娘の成長を喜べるようになりました。

家族の理解と協力がなかったらここまで頑張れなかったしこれからも頑張れる気がしません。

娘の成長を一緒に喜んでくれる、私と同じくらい娘を愛してくれる、可愛がってくれる人の存在はかなり大きいです。

2歳(人より物に興味がある)

自閉症の特徴の1つとされていますが、『人より物』を感じる出来事は多々ありました。

まず人への興味関心が薄く、挨拶されてもその人の方を見ません。自分が挨拶したい時には娘からするときもあります。けどそのあと何か話しかけられても反応しないことがほとんどでした。

自分の欲求、「◯◯食べる」とか「◯◯する」とかはよく話しかけて来ますし、こういう時は目も合いやすいのですが、「おはよー!」とか「ばいばい!」とか、挨拶に対しての反応や、「美味しい?」とか聞いた時の反応はほぼノーリアクションでした。自閉症アスペルガー)によくある『会話が一方通行』にも当てはまっていました。


1〜2歳の頃アンパンマンが大好きだったので、知らない子がアンパンマンの服を着ていたら、相手が誰であろうと、「アンパンマン!」とか「アンパンマンいた!」とか指をさします。

ある日公園へ行った時にも、アンパンマンのTシャツを着ていた子を見つけ、「アンパンマンいたー!」と言いました。その子がなんか言おうと、その子の目も見ず、アンパンマンばかり見ています。

その子がその場を去る時に「ばいばーい!」と娘の目を見て手を振っても、娘はその子に対してバイバイと言わず、目も合わせず、「アンパンマンばいばい。」と言いました。まさに『人より物』を感じた出来事でした。


通りすがりの知らない人の傘を奪おうとしたこともあります。

人が見えていなくて、その人の「傘」しか見えていないのです。

公園のベンチに置かれている知らない人のカバンを片っ端から触ろうとしていたり。

誰かが持っているものを触ろうとする、欲しがる、興味がわけばつかもうとする。それをどんなに強面のおじさんが持っていようがヤンキーのお兄ちゃんが持っていようが関係ありません。人を見ていないのですから。

親としては冷やっとする場面の連続でした。

これは2〜3歳前半くらいまで続きました。

※最近心理勉強会で聞いたお話で、発達障害児によくある「シングルフォーカス」という言葉を知りました。一点に集中するとそこしか見えなかったり、一部分ずつしか見ることができない(黒板の板書が一部分ずつしか見えず全体が見えていないので所々抜けてしまう子もいるそうです)、物が気になったらその物しか見えなくなってしまうのは、このシングルフォーカスという特徴から来るものでもあるのかなと思いました。普段の生活の中で、娘は視野が狭いなと感じる場面が多かったので、なるほど、やっぱりあれはそういうことだったのか、と納得しました。発達障害について知れば知るほど、娘の今までの理解しがたい行動がそういった特徴から来るものであったり、理由があったんだとわかり、辻褄があうような、謎が解けたような、すごくスッキリした気分になれます。