ひとり娘の成長記録

発達障害児の子育ていろいろ

5歳(予防接種)

先日、予防接種を受けてきました。

久しぶりの予防接種。
娘は注射が大嫌いです。
好きな人はいないと思いますが、3歳〜4歳の頃は何人かで泣き暴れる娘を押さえてようやく、と言った感じ。
5歳頃からは、直前までは嫌だーと言ったり『がんばる!』と言ったりしながらもやっぱり注射をするときになると「無理!無理!」とパニックで泣き、終わってからも号泣、といった感じでした。
そして今回はじめて!泣かずに注射できました。
「泣いてもいいんだよ〜痛いのは仕方ないよ」とは言っていますが、やっぱり本人的には泣きたくないらしく、
終わった瞬間、「え?終わった?泣かないでできた!わー!」と大喜び!先生も褒めてくれて、興奮気味で診療室を出ていきました。
「ちょっと痛かったけどねーすぐ終わったよ!」と帰り道も興奮気味に話していました。
すごく嬉しそうな娘が可愛かったです。笑

すごく嬉しい一日だったな、、で終われば良かったのですが、帰ってからしばらくして、片付けをしないことにイライラ。怒りました。叱ると言うより「怒る」です。最近は怒っても(叱っても)、「わかったよ!もう!」と逆ギレすることも。それでもきちんと片付けはします。
娘曰く、「片付けなさい」と言われてもどうやって片付ければ良いかわからないそうです。
これは私の言い方が悪かった。
伝わらない言い方をする→やらないと怒る、、良くない例です。反省。
そのあと、「一つどれでもいいから手に持ってごらん。一つずつ、どこに片付けるか考えたらわかるよ」と言いました。娘はだいたいこれで1人で片付けられます。
本が5冊、おもちゃが3つ、ペン、おりがみ、付録の紙、おやつのゴミ、、
目の前にたくさんのものがあると、どれから片付けたら良いのか、どうしたら良いかわからなくなってしまうようです。
私なら、本を5冊まとめて手に持って、本棚へ、、と考えますが、『本なら本でまとめる』というのもごちゃごちゃしたもの達を前にすると難しいようで(ADHD傾向だから?)、
『1つ、どれでも良いから手にとって、それから手に持ったものをどこに片付けるか考えて、片付ける』とするのがいちばんやりやすいようです。
本も一冊ずつで良いから、本棚まで5往復しても良いから、ゆっくりで良いから、自分で片付ける。
という感じでうちはやっています。

褒めたり喜んだり笑ったり叱ったり怒ったり。
笑顔だけで終われる日はなかなかありません。

けど寝る前はやっぱり「今日注射すごかったでしょー(ニヤニヤ)」と言いながら、嬉しそうにしていました。笑顔で1日を締めくくることができて良かった。

 

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2〜3歳(知らない人に話しかける)

6ヶ月ごろから2歳頃まで激しすぎる人見知りがあり、それが落ち着いたと思ったら今度は誰にでも話しかける、すぐ懐いてしまう、他のグループに入ろうとしてしまう、という特性が出てきました。

公園へ行って、知らないお母さんグループに「こんにちはー!」とすぐ話しかけてしまう。相手の人たちも気を遣って「何歳?」とか相手してくれると、もう止まらない。
私の存在はまるで無視。「ねーこれ見てー!」「見てー!」と私ではなく他のお母さんに見て見て攻撃。定型発達の子がやるようなレベルではないのです。しつこく、話しかけまくる。
私が阻止しないとやめないし、軽く阻止したくらいじゃやめないから今度は強めに注意する。。「もう帰るよ!」と仕方なく帰ったこともありました。

他のお友達が明らかにお父さんと2人で遊んでいても話しかける。「何歳ー?」「名前はー?」そのままその子の近くで遊ぼうとするし、そばを離れない。相手の子もお父さんも困ってることに気づかない。こういう時は私がその場を離れるように仕向けないといけませんでした。

道を歩いていても、知らないおじさんに「おはよー!」と挨拶をする。幼稚園年少になったばかりの頃です。
知らない人には挨拶しなくて良いんだよ、と言ったらやらなくなりましたが、そうすると今度は近所のおじさんに挨拶されても無視。
近所のおじさんのことは娘はあまり知らなかったのかもしれませんが、ママが挨拶してる人ならママの知り合いってことだから挨拶しても良い、という暗黙の了解は娘にはわからない。

公園に行って、知らないお友達とその場で仲良くなって遊ぶのは良いことだと思います。けど、当時の娘にそれを許してしまうと、「誰にでも話しかけて良い。誰とでも遊ぼうとして良い。」となってしまい、知らない人に話しかけるというのをやめられなくなってしまいます。
しかも娘の場合、同年代のお友達よりも、お友達のお母さんと話したがる傾向が強く、お友達そっちのけで知らないママグループの
人達に話しかけようとしたりもしていました。
なので公園に行く時も、どこかに出かける時も
「知らない人には話しかけない」「今日はママと遊びに行く日だから、知らない人達と遊ぼうとしない。ママと遊ぼうね。」と約束してから行っていました。
それでもどうしても周りの人が気になる、お友達が気になる、お母さんたちが気になる、、といった感じで常に周りをキョロキョロしていました。
私も「あ、今娘が話しかけたそうにしてるな」と見ていてわかるので、そういう時はその場を離れるように誘導してみたり、「今日はママと遊ぼうねー。」と再確認したりしていました。
病院でもキッズスペースで遊びながら受付のお姉さんにしつこく「これ見てー!」と話しかけたり。どうしても他の人が気になってしまうようで、いつもいつも私のことは無視で他の人ばかりに話しかけていたので、母親が家でちゃんと相手してないのかな、と思われたこともあったかもしれません。
アスペルガーの積極奇異という傾向に似ていたかな、と思います。


今ではそういった行動はなくなり、人懐っこい性格ではありますが、知らない大人には人見知りをしたり恥ずかしがったりするようになり、知らない人を少し警戒する、ということが出来るようになりました。

来年は小学生。小学校の登下校、嫌なニュースをたくさん聞きます。実際に一緒にニュースを見ながら「知らない人について行っちゃダメだよ」とか「知らない人はいい人か悪い人かわからないんだよ」と教えています。
「ママのお友達やママがお話してる人は挨拶されたら返して良いんだよ」とか、色々細かく教えてもだいぶ理解してくれるようになりました。理解はしても、実行に移せてさらにそれが継続できるか、というところまで出来て初めてクリアなので大変ですが、
教えないとわからないので、一つ一ついろんな状況でどうしたら良いのか「これは良いけどこれはダメ」「こういう時は良いけどこういう時はダメ」とか、パターンで地道に教えていくしかないです。

今(5歳)は、出かけ先の遊び場で知らないお友達に誘われて一緒に遊ぶこともありますが、親子で遊んでいる人には絶対に話しかけないし、子ども同士でうまく遊ぶようになりました。

 

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1〜3歳(内と外の区別がつかない)

発達障害の多動と、定型発達児でただやんちゃな子の違いとして、
例えばお店の中を走り回る子ども=走り回るから多動、ではなく、定型発達の子は走り回ってしまっても入ってはいけないところ(店員さんしか入れないバックヤード、レジの裏など)には入らないそうです。
しかし多動の子の場合、目に見えてわかる明確な仕切り、ドアなどがない限り、内と外の区別がつかないため、入ってはいけないところへもおかまいなしに入っていってしまうそうです。

娘の場合、多動がひどい時(1歳半〜3歳前)はそもそも外食がほとんどできなかったので、お店で走り回るということはなかったのですが、内と外の区別がつかない、普通は入らないであろうところへも入ろうとしてしまう、みたいなのはよくありました。

アンパンマンショーやプリキュアショーなどで、ショーの真っ最中にステージに上がろうとする子はいないと思いますが、娘はそこが入ってはいけない場所、上がってはいけない場所だとわからず、ステージへ上がろうとしたこともありました。

スーパーで手を離した隙に走り去り、男子トイレにダッシュでそのまま入っていったこともありました。

油断すれば公園の外にも走って出てしまう。公園が壁で囲われているわけでもないし入り口にドアがあるわけでもない、ただ開いているから、道が続いていたからそのまま出た。娘には公園と道路の境界線も、分からなかったのだと思います。
はっきり線が引いてないと、はっきり区切られていないと、わからない。3歳半くらいになれば、ここから出ちゃダメだよ、ここからあっちは入っちゃいけないよ、など一度教えたことに関しては覚えるのでいくらか楽になりましたが、初めての場所などではやはり自分で境界線を把握するのは難しかったようです。
今では内と外の区別はつくようになりましたが、周りが見えていないなと思うことはまだまだたくさんあります。このことについてはまた別で書きたいと思います。

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母親(25%ルールとは)

25%ルール。有名なのか、そうでないのかわかりませんが、私は療育センターの勉強会で初めて知りました。

自分が子供にこうしてほしい、という子どもへの期待を100%だとすると、そのうち25%くらいできれば良い!という、親への気持ちの持ち方、戒めみたいなもの、だそう。(うろ覚えです。。)

私も家ではなるべく、娘に1人でやらせるべきことはやらせるように心がけているのですが、時々、ちゃんとやってくれなくてイライラしてしまう事もあります。

そんなとき便利なのがこの25%ルール。

例えば着替え。朝幼稚園の制服を着るとき、私としては『全部1人で着替えてほしい』。ボタンも全部1人で留めてほしい。
けど娘は上手くできない、やる気がない。言わなきゃやらない。「やってー」とすぐ言ってくる。
以前だったら「自分でやりなさい。」と言っていたのですが、そうではなく、

ボタンをひとつ自分で留められた、自分で着替えようと立ち上がった、自分で靴下を履いた、このくらいできれば十分。これだけできれば花マル、といった感じで考えるようにします。
自分のこうしてほしい、ここまでやらせないと、と思ってるうちの25%くらいできたら褒めます。
「自分でやろうって思ったんだね」とか「着替え自分からしようとして偉かったね」とか「ボタン1つ頑張ったね」とか。
『全部自分でやってほしい』が100%なら、『靴下とスカートは自分で履いた』が25%。
そこまで出来たら、あとは手伝ってあげても良いか、と思えるようになり、ちいさなことでも褒められるようになり、娘も自信がつき、私もイライラすることも減り、良いこと尽くしでした。今は朝の着替えは言わなくても1人で全部着替えるようになりました。

娘のためだ、娘ならここまでできるだろう、と期待を押し付け過ぎて、結局自分も娘も嫌な気分になってしまうことが時々あります。そんな時はこの25%ルールを思い出して、(たまに忘れますが)、大らかに見守ってあげれたら良いなと思います。

80%でもなく50%でもなく、25%。そんなもんで良いのか、と思うと少し気が楽になります。今まで自分が100%を求めていたことにも気付けました。
25パーセントルールは私が発達障害について学んでから聞けてよかったなと思う言葉のひとつです。

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5歳(勝ち負けへのこだわり、一番病、完全癖)

これは2歳か3歳くらいからあります。

テレビに自閉症スペクトラムの男の子が出ていました。
そのお母さんが『小さいときは、サザエさんの最後のじゃんけんで負けても泣いていました。笑』と言っていて、思い出しました。
うちの娘と全く同じだ。

サザエさんのじゃんけんや、データ放送で赤青黄緑のボタンで選ぶやつとか、外れただけで、大泣きしていました。癇癪レベルで。
最近は泣かなくなりましたが、それでも負けてくやしい気持ちは人一倍強いようです。
『負けず嫌い』と言ってしまえば聞こえは良いですが、癇癪を起こしたり、いつまでも泣きを引きずったりすると、もしそれが幼稚園や小学校で起きてしまうと、周りにも迷惑がかかってしまいます。お友達からも「あの子はいつもすぐ怒って泣くから一緒に遊びたくないわ」なんて思われてしまうかもしれません。
今はほとんど泣かなくなっただけ成長したなーと思いますが、おうちでもゲームやすごろくなど、ちょっとした遊びでも負けを嫌い、3人で遊ぶときは2番も嫌がり、1番でないと嫌、1番がいい!と言って泣いたりすることもありました。3番(ビリ)なんてこの世の終わりか、くらい泣いてました。
最近は減りましたが、やっぱり時々はあります。
こういう特徴は自閉症スペクトラムの子に多く、『一番病』と言ったりもするようです。
勝ち負けへのこだわりが人一倍強いです。

幼稚園では、年少さんの頃、椅子取りゲームで負けて大泣きしたこともあったようです。悔し泣き、と言うよりもパニックのような泣き方だったと思います。
今は幼稚園でのゲームや勝ち負けのある遊びで泣くことは無くなったようです。
外では我慢しているようなので、家では多少泣いても仕方ないか、と思いますが、
おうちで何か勝敗のつく遊びや順位のつく遊びをする時には、遊ぶ前に『負けて悔しいのは良いけど、泣いたり怒ったりするのはやめよう。負けたらまぁいいや、で、楽しく出来れば良いんだよ。みんなで楽しむためのゲームだよね』のような感じで確認してから始めるといくらか違うようです。
さらに勝った人に「すごいね」とか「おめでとう!」とか言えたらめちゃくちゃ褒めるようにしています。
ただ『ゲームは楽しむもの、勝ち負けは関係ない』というのが娘の中でのマイルールとして定着していて、自分以外の誰かが勝ってちょっと大袈裟に喜んだりすると『え?勝ち負けじゃないよ?勝ち負け関係ないんだよ!』と少し怒り気味になります。
マイルールの押し付けというか、自分がこうしなきゃいけないと思っていることは他人も同じように守れないと許せない、というような傾向があったりします。
自分のルールと他人のルール、自分の家のルールと他の家のルールで同じところと違うところがあるというのが、まだ難しいようです。これは今後しっかり教えていかなくてはいけないと思います。
『独自ルールの押し付け』みたいなのも自閉症スペクトラムの子に多いそうですね。

娘とゲームをしてママやパパが勝っても、大げさに喜ぶのは控えていますが(後々面倒なので笑)、例えばテレビを見ていて、娘が応援していた人が負けた時も、泣くことは多いです。さらに勝った人がちょっと威張ったような発言をしていたりすると、「もう!勝ち負け関係ないのに!そうだよね?ママ!」のように言ってきたりします。
この『勝ち負けへのこだわり』『一番病』は
癇癪を起こさなくなった、あまり泣かなくなった、泣いても気持ちの切り替えが前より早くなった、幼稚園では泣かなくなった、
と少しずつ自分の気持ちをコントロールできるようになってきてはいるので、そこまで心配いらないかな、と思います。

スポーツに関しても、他人と比べて勝ち負けのある競技より、水泳やゴルフ、陸上、など自分1人の記録や自己ベスト更新を目標に頑張れるような、自分の記録と向き合えるようなスポーツが良いそうです。
チームスポーツも協調性を育んだりするのには良さそうですが、難しいのかな。けど今の娘を見ていると大丈夫な気もするし。まぁやってみないとわからない。
本人がやりたいと思ったことはとりあえずやらせてみて、その後のことはそれから考えれば良いかな、と思います。

それからもうひとつ、
『完全癖』という、なんでも失敗せず完璧に出来ないと嫌だ、という傾向もあり、これも自閉症スペクトラムの子に多い特徴だそう。
書いてる字を少しでも書き間違えたら泣く、絵が上手く描けなくて泣く、折り紙がちょっと変なふうに曲がっちゃっただけで泣く、うまくボールをキャッチ出来なくて泣く、、など。これがひどい時は地雷源が多すぎて、一緒に遊ぶのも大変でした。
今も少しその傾向はありますが、これも少しずつ改善してきているので、これからも少しずつ経験を積んで大丈夫になって行くだろうと思います。

 

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5歳(感覚過敏)

今朝雨の中傘を差して登園した時、長靴ではなくスニーカーだったので、靴が濡れ、靴下も濡れてしまったようで、バス停に着いてから「靴下濡れちゃったーー」と若干パニックになりかけるような、でも泣くのをこらえるような感じになっていました。
たぶん感覚的に気持ちが悪いようで、年中さんの頃にも、幼稚園で靴下が濡れた時泣いてしまった、という話を先生に聞きました。
靴が汚れるとか、靴下が湿ってるのがどうも苦手なようです。
感覚的に苦手なものはどうしようもないし泣くほど嫌みたいなのでかわいそうなのですが、
とりあえず「幼稚園の着替えバッグの中に靴下あるから履きかえれば大丈夫だよ。けど、今日は1日雨だから、その靴下も濡れちゃったらもう替えの靴下はないよ。(←事前予告しておかないともしそうなった時履き替える靴下がなくてパニックになる)雨の日はみんな靴下濡れてるよー。ほらママも。気持ち悪いよねーやだやだ!」というと、「え?ママも?どこ?」と私の靴を触って、「あ、ほんとだ」と少し笑顔になりました。
「雨の日はみんな靴下濡れるからねーしょうがないよ。」と言ったら「わかった!わかったよ!」とあまりしつこく言うなという感じで答えていました。その後は普通にご機嫌に戻りました。
バスに乗る前だったし本人も泣き顔を見せたくないという感じだったのでとりあえずその場を鎮めるための対応をしてしまいましたが、
感覚的に私が気持ち悪いと感じるレベルと娘が気持ち悪いと感じるレベルはもしかしたらものすごい差があるのかもしれません。そういうことを我慢させるのも可哀想なので、『雨の日は靴下の予備を持って行く』ことにしようと思います。
これが小学生くらいになったら「今日は雨だから替えの靴下を持って行こう」とか、「今日は替えの靴下がないから我慢するしかないな」とか、娘自身で気付けるようになってくれたら良いなと思います。こういうのは経験を積めば覚えられることなので、これからもその都度教えて行こうと思います。
これがもし定型発達児だったら「靴下なんてそのうち乾くんだから!そのくらいで泣くんじゃないよ!」とか言えるんでしょうか。(私はこういうサッパリしたお母さん好きです。笑)

発達障害があると靴下一つにしてもここまで色々と考えてしまいます。
娘自身も、日々の生活の中で気になってしまうことが多過ぎるんだろうな。
「そんなことくらい」とは絶対に言わないように、娘の「苦手な部分」を「きっとめちゃくちゃ嫌なんだろうな」と思って対応するように気を付けています。
感覚過敏だと思っていたことが大したことなかったりして拍子抜けすることもありますが、それならそれで良かったーとなるだけです。

娘は聴覚過敏も若干あるようです。聴覚過敏についてはまた別で書きたいと思います。

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1〜2歳(クレーン現象)

自閉症の特徴であるクレーン現象。
1〜2歳頃、少しだけありました。
何かを取って欲しい時、私の手をひっぱりそこへ手を動かします。
私の顔なんてもちろん見ません。目も合いません。手しか見ていないし手しか見えていないような感じでした。
「ママに求める」のではなく、ただの道具として「手を動かしてる」といった感じです。
あ、これが『クレーン現象』ってやつか、とすぐにわかりました。
この時私は咄嗟に娘の手をパッと振りほどいてしまったような気がします。自閉症スペクトラムであることを否定したい気持ちが、まだあったんだと思います。

思えばこの頃、「ちょうだい」といえば持ってるものを渡してくれるというやり取りはできていたのですが、渡す時に「私に渡す」のではなく「私の手に乗せる」という感じでした。顔も見ないで、手ばかり見ていました。
試しに「ちょうだい」と言ってからわざと手を後ろに隠してみました。
普通はママの顔を見て、ママの身体の前のちょうど良い位置に「はい」とか「どーぞ」とか言いながら差し出し渡そうとすると思います。
けれど娘はやはり私の手を探し、引っ張り手をこじ開けて、そこに物を乗せようとしました。
この頃はママへの愛着というものもなかなか感じられず、自分の要求を伝える時だけは目が合ったりするけれど、こちらの問いかけは全部無視だったり、外では勝手にどこかへ行ったり振り返らずどこまででも突き進んでしまったりするし、公園遊びも一緒に出来ないしただ声をかけながらついていくだけ。。
私は「ママ」という、いちばん自分の思い通りにお世話してくれる「道具」だったのかもしれません。
そんな娘と毎日2人きり。
寂しくて、寂しくて。毎日悲しかったし苦しかった。
思い出すのも少しツラいです。

今は「ママー!」と飛びっきりの笑顔で駆け寄ってきてくれます。「ママに会いたかったー!」とか「ママが世界で1番大好き!」とか、たくさん言ってくれます。愛着形成が遅かったせいか、年中さんのころは特にべったりでした。
時々「ママ見て!」「ママ!ちょっと来て!」が酷すぎる時もあるけど、こんなに幸せなことはないよなーと、当時を振り返るたび思っています。

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5歳(家での過ごし方)

娘はひとりっ子なので、幼稚園から帰宅後、夕飯作りを始めるまでの1時間くらいは私が遊び相手になっています。

私が夕飯の支度をしている間は1人遊びの時間になってしまうのですが、最近は雑誌を読むのにハマっているようです。

1人で寝そべりながら黙々と読んでいます。

アスペルガー的な要素からか、字を読めるようになったのはとても早くて、3歳の誕生日頃には絵本や雑誌などの文章もスラスラ音読していました。

当時は絵本も雑誌も漫画もだいたい私が読み聞かせてあげることが多かったのですが、最近は(4歳くらいから?)1人で黙読も出来るようになり、集中して何冊も読んでいます。

今好きなのは「ぷっちぐみ」「アイカツ公式ファンブック」「たのしい幼稚園」など。

あちこちに細かい文字が書いてあってカラフルで情報量も多いし私が見ても目がチカチカしそうなくらいだけど、娘にはそれがとても楽しいようです。

1人の時間をうまく潰すことが出来るようになったのはとても良いことだなと思います。

相変わらずテレビも好きで、録画したアニメや歌番組、DVDを観たりもしています。

幼稚園から疲れて帰ってきて、家でゆっくり静かにマイペースに過ごすことでリフレッシュ出来ていれば良いなと思います。

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